年神

     ○年神に窓を叩いて起こされし
(としかみにまどをたたいておこされし)

       ○年神の今年も米を送るという   秋甫
       ○年神と雀の庭へ舞降りぬ     々
       ○ふくよかな女人年神来たりけり  々
 「七福人」 弁財天、福禄寿、毘沙門天布袋尊、恵比寿天、大黒天、寿老人、
これらの神さまを拝むと、七難即滅、七福即生。

冴える

     ○月冴えて金星人と握手する
(つきさえてきんせいじんとあくしゅする)

       ○ジャムを煮る窓より海の冴えにけり  秋甫
       ○今朝の冴え職得しという吉報あり   々
       ○今朝冴えて一つの重荷下りにけり   々

青木の実

     ○青木の実おらおらでひとり生ぐるも
(あおきのみおらおらでひとりいぐるも)

       ○声出せばきっぱり物言う青木の実   秋甫
       ○青木の実独り暮しを葉に隠す     々
       ○青木の実シベリウスなど聞いてゐる  々
 2017年の芥川賞を取った若竹千佐子氏の「おらおらでひとりいぐも」をちょっと拝借した。青木の実は千両に比べて繊細さや可愛さに欠ける趣がある。例えゴロンとした実になっているにしても女性には赤い実が着く機会がある。氏の第二作目のことなど耳にするが果たして書けるのだろうか。
 青木の実には繊細なデリカシーとは少し距離を置く実のような印象をもっているが。音楽でいうならシベリウスの「フィンランディア」が奏でられているような雰囲気かな。

七種粥

     ○七種粥のごとき平成を閉ず
(ななくさがゆのごときへいせいをとず)

       ○七種の薺は風に揺れてをり   秋甫
       ○四人から一人になりて薺粥   々
       ○薺粥かゆ好きは奈良の茶粥で  々
 Eテレウィーン・フィルの「ニューイヤーコンサート」を聞く。演奏はもとよりこのウィーンの楽友協会の大ホールの重厚さには目を見張るものがある。オーケストラの配置も少し違うようで、舞台前面はヴァイオリンとビオラが占めていて、中段に木管金管奏者、打楽器、さらに一段高い最後部の位置にチェロが並んでいる。聴衆席には時々元国連の事務総長のパンギムン氏の顔が映し出されていた。着物姿の人もちらほら。精一杯の盛装でみな福々しい顔ばかりである。
 「エジプト行進曲」では演奏者たちの合唱も入って思わずにんまりする場面もあったりして、「美しき青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」を最後に、3時間以上に及ぶ演奏もあっという間に終わった。最初から最後まで通して聞いたのは数年ぶりのことであった。
 因みにこの楽しい演奏を指揮したのは、クリスティ・ティーレマン。今年はクラッシック音楽にももう少し興味を持ってみたいものだ。

賀状読む

     ○親友から五十五枚目の賀状かな
(しんゆうからごじゅうごまいめのがじょうかな)

       ○かな釘の字も二三枚年賀読む   秋甫
       ○印刷に今年限りという年賀    々
       ○一枚の賀状に写るあゆみ哉    々
 高校からの友人がゐて彼女とは50年以上の親交がある、年賀状もその歳の分だけ往復しているし、季節の変わり目の書信などは年に数枚今も出している。
 その彼女の賀状には入院中とある、病室で賀状を書いていたのだ。ホルモンの低下だそうだ。
他にも今年を限りに年賀を失礼するという書き込みのあるのもあって、淋しくなっていく。

初夢

     ○初夢の追いかけて来る事もなく
(はつゆめのおいかけてくることもなく)

       ○初夢に味噌買うて二百五十九円   秋甫
       ○初夢のぼんやりぼけて怖くもなく  々
       ○初夢を風が攫ってしまひけり    々
 初夢になるのだろうか。嫌にはっきり覚えているのは、259円という数字というか、金額なのだ。しかもそれはお味噌の金額ということまではっきりしていたのだ。それらの数字や物が出て来る背景の状況などは何もなく、ただ、考えられることは、259円でお味噌を買おうとしていたという実感だけであった。

初御空

     ○初御空駅伝八区富士を背に
(はつみそらえきでんはちくふじをせに)

       ○陽の当たる家懐かしき初御空   秋甫
       ○初御空極夜旅する人のゐて    々
       ○初御空ゆんべの夢も晴れてゐた  々
 初深夜ラジオ
未明の時間帯で探検家の角幡唯介の対談をきく。彼はツンドラの真っ暗な夜を身一つで例えばGPSや分動議などに頼らず野生のままに歩くのだという。同じ時間帯、次のラジオからは葉加瀬太郎という作曲家の「陽のあたる家」がヴァイオリンで演奏される、暗闇はたちまち払拭され子供ころ育った田舎の山の中腹の家が、朝日を受けて輝いているのが見えた。